武徳とは何か(2)
徳川達孝に続き、憲法学者である井上密も「武徳」とはなにかを述べる。これは現代も当てはまる内容。
武術と武徳
京都帝国大学法科大学長 井上 密
(武徳誌発刊の祝辞として投稿した記事より抜粋)
武徳は心に属し、武術は形に属す。心と形と平等にして差別あり。
両々相関連する所以のもの、中正の見を誤るべからず、毫厘恐る千里の差を生ぜんことを。
剣槍弓馬、徒に術の末にて走りて道の本に遠からんか術達するいよいよ深くして道去ること益々遥かなり、武術の意義は優秀の力量、或いは技量にあらず、武術の本領を以て此につきたりとなすべからず。もしここにつきたりとせんか、是れ所謂暴虎馮河の勇のみ。
武術の隆盛なる、体育の為に喜ぶべし。個人の生気の為に喜ぶべし。社会の元気の為に喜ぶべし。然れども武術真個の本領を発揮し、円満なる人格を養成し、健全なる社会を発展するもの、誠に武徳の真面目を発現するに存せずんばあらず。
武術の習練、怠るべからず、而して武徳の養成、又わするべからず。
技術的な指導は、修行者の上達や試合での結果など、成果が目に見える。しかし、武徳に関しては、目に見えない分、指導するにしても非常に困難で、修行者は、日々心掛ける以外に方法がない。武徳会としても、学校教育に武道を導入して、武徳の教育を徹底しようとするが、実際、相手がいて剣技を競い合う方が修行者としては圧倒的に楽しく、指導する側も知らず知らずのうちに勝つための技巧に重きをおくようになってくる。
井上は、武術の隆盛はスポーツとしては喜ばしい、としながらも「武徳の養成も忘れないように」と述べる。

